あれもやう。

颱風の雨雲が波濤のやうに押し寄せては去り、サツキの植ゑ込みの傍にあるバス停留處のベンチはビショ濡れになつてゐる。べつとりと濕つた生温い空氣で胸腔を滿たすと、かすかに海の匂ひを含んでゐるやうだつた。遠い南の海上を鄢潮とともに移動しながら澤山の水蒸氣を空中に送り續けてゐる巨大な渦巻きのもつエネルギーの途方もない強さに想ひを馳せて、ユーリアはすこしボーッとしてしまつた。
道の右手から次つぎとやつて來るバスは、いづれも彼の目的地とは違ふ行き先表示板を掲げて目の前を通り過ぎてゆく。

かぜをひいてしまつたみたいだ。と、彼は今朝からの頭痛の原因についての診斷を、みづから下してみた。しかし、こめかみをちよつと押さへてみると、やッぱり天氣のせゐかもしれない。と、想ひ直した。

つぎの雨の波がやつて來る前にバスは來た。あとから竝んでゐた母子は坐席に着くと、けふ幼稚園で起きた出來亊について小聲で話し合つたり、やはり小さく節をとつて謡つたりした。彼は、こゝろのなかでモヤモヤとわだかまつてゐたものがすこし霽れて輕くなつたやうな氣がした。