川o・-・)ノシ<最初に關鍵詞でモメモメになつたとき、eulearが主張してたのは「捕捉効率の高さ」だつたわよね。あのときは何故だか「愛稱としての適否」に議論がスリ替へられてしまつて、それでガッカリしていたんですつてね。ところで、eulearは關鍵詞の機能について指示詞と指示對象の整合性ということに重きを置いているみたいだけれど、そこに紋切型の解説を加えるための辭書的側面については輕視する傾向があるのはどうしてなのかしら? -「滿足な解説」なんていう喜劇みたいなモノをeulearが嫌つていることは、まあ知つていなくもないけどね。