4/2 の日記の補足。

*2 : 兵隊が派遣された先において、「反對勢力(おほくの場合、その地を統括する國家權力)が武力による抵抗をしなければ殺人行爲は行なはれないのだから、抵抗せずに要求を呑め」と、いふのが派兵する側の國家權力の論理なのだらう。しかし、要求を突きつけられる側にも守るべき體制の論理があるのは當然なのだ。政治的な紛爭において、兵隊を派遣してはならない理由は、かならずそこで殺人行爲がおこるからだ。殺し合はなければならないのは、ごく平凡な現場勞働者だからなのだ。
(「父の日記」を讀んで。( http://d.hatena.ne.jp/eulear/20050402#p1 )』

文末の『…ごく平凡な現場勞働者...』とは、「戰場といふ勞働現場ではたらく無名の勞働者」といふ意味です。つまり「兵隊さん」、そして「市民」。
現場勞働者といふのは、權力者の論理とは無關系に現場において最善をつくすのが仕亊なのであつて、ほんらい紛爭が發生するに至る原因となつた論理(正義)とは無縁の存在なのだ。


諸君、戰爭はダメだよ。たとへいかなる理由があつてもだ。
「正義」よりも、ひとの心の「善」を信じたいものだ...